青森の葬式

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青森県をはじめとする東北地方北部では、お通夜の前の段階においてさっさと火葬を行う「前火葬」という葬儀スタイルが一般的なのであります。

この「前火葬」という葬儀スタイルが青森県をはじめとする東北地方北部において広く行われるようになった由来として現代に伝わっているのが、津軽藩の初代藩主だった津軽為信公のお葬式なのであります。

津軽藩の初代藩主だった津軽為信公は、京都にて滞在中にあえなく死去してしまいました。

しかし、津軽為信公が亡くなった当時は、京都から津軽藩までの道のりにかなりの日数もかかるような不便な時代だったため、まずは京都で荼毘に付して、故郷である津軽藩に戻って来てから正式な津軽為信公の葬儀をとり行ったそうなのであります。

この津軽為信公が亡くなった時の葬儀の順序、段取りが、青森県をはじめとする東北地方北部地域の人々の間でも瞬く間に広がり、「前火葬」という葬儀スタイルが定番としてとり行われるようになった理由とされる説なんですね。

しかしね、青森県をはじめとする東北地方北部みたいな、やたらと雪深い大変な地域においては、親せき縁者が葬儀会場で一同に集まるにしても、親せき縁者皆が葬儀会場に出揃うまでには、相当な時間がかかったことでしょうからね。

お葬式が開始されるまでの時間的余裕も考え合わせた上で、お通夜の前の段階においてさっさと火葬を行う「前火葬」という葬儀スタイルが青森県をはじめとする東北地方北部で広がっていったのかもしれませんね。

家族葬吹田

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